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高松地方裁判所 昭和60年(モ)473号 決定

申立人(原告)

池内正行

右訴訟代理人弁護士

荻原統一

相手方(被告)

日新火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

永松和彦

右訴訟代理人弁護士

宮原守男

木村一三

主文

一  相手方は別紙第一記載の各文書を提出せよ。

二  申立人のその余の申立てを却下する。

理由

一申立人は、別紙第二の一の1ないし10記載の各文書(以下本件各文書という。)の提出命令を求め、その理由として、別紙第二の二ないし四のとおり述べた。これに対し、相手方は、別紙第三のとおり主張した。

二そこで、検討を加えるに、一件記録によれば、被告黒田政行の加入している自動車損害賠償責任保険の保険者は、訴外日動火災海上保険株式会社であつて、相手方ではないから、本件各文書のうち、1及び6並びに2ないし5及び7ないし10の各文書のうち自動車損害賠償責任保険に従つた保険金請求に関する各文書は、訴外日動火災海上保険株式会社において保管されるものと推認され、相手方が右各文書を所持していると認めることはできないから、右各文書の提出命令を求める申立部分は、その余の点につき判断するまでもなく失当であるから、これを却下すべきである(仮に、相手方において右各文書の写しを所持していたとしても、右各文書は、民訴法三一二条三号に該当する文書とはいえない。)。

三その余の本件各文書について検討を加える。

まず、右各文書が、民訴法三一二条三号後段にいう挙証者と所持者との間の法律関係について作成されたものであるか否かについて判断を加えるに、同号後段にいう文書は、法律関係それ自体を記載した文書ばかりでなく、その法律関係に関係のある事項又は構成要件の一部を記載した文書を含むものと解するが、相手方が内部的に自己使用のために作成した文書はこれに当たらないと解すべきである。これを本件についてみるに、本件各文書のうち、2、3、4及び10の各文書(前記二記載の申立てを却下すべき各文書を除く。)は、相手方が保険金支払い目的のために専ら自己使用のために作成し又は作成された内部的資料と目すべきものであるから、右三号後段の文書には該当しないというべきである。また、右各文書は、右の作成目的からみて、申立人の利益のために作成された文書ということもできない。

四次に、本件各文書のうち5及び7ないし9(前記二記載の申立てを却下すべき各文書を除く。)について検討を加えるに、民訴法三一二条三号後段にいう文書は、本来契約関係を証明する文書を予定したものというべきであるが、契約関係になくても、その作成経緯、内容等により当事者の密接な法的地位を証明する文書についてもこれを類推適用するのが相当であると考えるべきである。これを本件についてみるに、申立人と相手方との間には直接の契約関係はないが、被告黒田政行と相手方との間の自動車保険契約によつて、申立人は相手方に直接損害賠償を請求できる地位を有するところ、右各文書は、損害賠償請求権の発生を基礎づける事実関係を証明する文書であるから、申立人及び相手方の密接な法的地位を証明する文書として同号後段の文書に該当するというべきである。

なお、右各文書は代替性のないものではなく、申立人が手段を尽くせばこれを入手し得る可能性は否定できないが、右各文書の秘密性は高いとはいえないこと及びこれらを提出することによつて被る文書所持者たる相手方の不利益は余り考えられないことなどを考慮すると、右の事実をもつて相手方にその提出を命じることが相当でないということはできない。

五よつて、本件文書提出命令の申立ては、別紙第一記載の各文書を求める限度でこれを認容し、その余の本件各文書についてはこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官井上哲男)

別紙第一

相手方(被告日新火災海上保険株式会社)が所持する、左記(一)の自動車保険契約に従つた、左記(二)の交通事故による保険金請求に関する一ないし四記載の各文書

一 申立人(原告)の診断書及び診療報酬明細書

二 申立人(原告)の治療につき、医療機関に支払つたことを証する領収書等の文書及び治療費損害明細書

三 申立人(原告)の付添看護料及び介護料の支払いを証する領収書等の文書並びに看護料及び介護料明細書

四 二及び三以外の諸雑費、文書等の支払いを証する領収書等の文書及び右の損害明細書

(一) 相手方と被告黒田政行との間で昭和五六年二月二八日に締結された自動車保険契約

(二)1日  時 昭和五六年六月一六日午後五時三〇分ころ

2場  所 香川県木田郡三木町大字池戸一三八五番地先県道

3加 害 車 普通乗用自動車

右運転者 被告黒田政行

4被 害 車 原動機付自転車

右運転者 原告

5態  様 追突

別紙第二

一 文書の表示および所持者

日新火災が所持する本件自動車保険契約および自賠責保険契約に従つた本件事故による保険金請求に関する左記一件記録の文書の原本又は写一切。

1 自動車損害賠償責任保険損害調査報告書および同支払報告書。

2 自動車保険契約にもとづく対人損害積算明細書および同支払報告書。

3 黒田が事故後、日新火災に提出した事故発生状況報告書および日新火災の事故報告受付書。

4 日新火災が作成したおよび第三者に調査を委託して作成させた事故調査報告書、およびそれに添付されている写真等の付属文書一切。

5 原告の診断書および診療報酬明細書のすべて。

6 原告の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書および後遺障害認定調査書。

7 原告の治療につき、医療機関に支払つたことを証する領収書等の文書および治療費損害明細書。

8 原告の付添看護料および介護料の支払いを証する領収書等の文書および看護料、介護料明細書。

9 前7、8以外における諸雑費、文書料等の支払いを証する領収書等の文書およびそれらの損害明細書。

10 日新火災が作成したおよび日新火災が第三者に調査を委託させた医療調査報告書一切。

二 文書の趣旨

1 前項1について

原告の本件交通事故による損害の内訳、明細およびこれに対する自賠責保険から支払つた内容を記載した文書。

2 同2について

原告の本件交通事故による損害が自賠責保険で支払われる金額と自動車保険契約の合計額を越えることを示す内訳、明細およびこれに対する支払い報告書。

3 同3について

本件事故状況を記載した文書。

4 同4について

本件事故原因、状況等を調査した文書。

5 同5について

原告の本件交通事故による傷病の内容、程度、治療経緯を記載した文書およびその治療費明細を記載した文書。

6 同6について

原告の本件交通事故の傷病による後遺障害の内容、程度等を記載した文書、および後遺障害を認定した根拠を記載した文書。

7 同7について

原告の医療機関に対する治療費の支払いを記載してある文書。

8 同8について

原告が入院中、看護した者に対する看護料の支払およびシロアム荘における介護に要する費用の支払いを記載してある文書。

9 同9について

入院中の諸雑費、診断書等の文書類、加害者側の見舞金等、前7、8項以外の支払いを記載した文書。

10 同10について

原告の受傷の内容、程度およびそれに対する治療方法、内容、見通しを調査した文書。

更に、後遺障害の内容および症状固定日以後における治療、介護について調査した文書。

三 立証趣旨

1 本件交通事故で原告が蒙つた治療費、入院雑費、付添看護料および入院慰謝料の各損害を立証するため。

2 本件交通事故による後遺障害によつて原告が蒙つた逸失利益、将来の介護料および慰謝料の各損害を立証するため。

3 原告と日新火災で損害賠償金の一部として金七一、二〇〇、〇〇〇円の損害賠償義務のあることを認める示談契約書が成立していることを立証するため。

四 文書提出義務の原因

1 民事訴訟法第三一二条三号のいわゆる挙証者と所持者との間の法律関係について作成されたものである。

(イ) 右同条三号にいわゆる挙証者と所持者との間の法律関係について作成された文書は、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、その法律関係に関係のある事項を記載した文書ないしはその法律関係の形成過程において作成された文書も包含するものである(高松高等裁判所五〇年(行ス)第二号、昭和五〇年七月一七日決定等)。

(ロ) 日新火災と黒田との自動車保険契約により、原告は日新火災に対して直接損害賠償額の支払を請求できる立場にあり、第二項記載の文書は、いずれも本件交通事故によつて原告の蒙つた損害賠償額を基礎づける資料であり、原告と日新火災との損害賠償請求権の法律関係について作成されたものである。

2 民事訴訟法第三一二条のいわゆる挙証者の利益のために作成されたものである。

(イ) 第一項5、6については、原告が加害者および加害者の損害を填補する保険会社に損害賠償を請求するために作成されたもので、挙証者の利益のために作成されたものである。

(ロ) 又、第一項7ないし9についても、原告が本件交通事故で蒙つた損害賠償を支払つた事実を証するものであり、挙証者の利益のために作成されたものである。

(ハ) 第一項のその他の文書についても、日新火災が被害者原告のために損害賠償額をいくら支払えばいいかについての調査、審査資料であり、これらの資料の作成は、原告の損害賠償請求権を挙証するためのものである。

別紙第三

原告は、被告日新火災に対し、民訴法三一二条三号の規定に基づき文書提出命令を求めている。

しかしながら、原告主張の文書は、いずれも民訴法三一二条三号所定の挙証者の利益のために作成せられ又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成せられたものではない。

一 まず第一に、本件の自賠責保険は、日動火災海上保険株式会社であつて、被告日新火災ではない。従つて、原告主張の文書のうち、1、6及び自賠責に提出された診断書、診療報酬明細書、自賠責後遺傷害診断書の原本は、日動火災海上保険株式会社において保管されている。従つて、右文書の保管の責めに任じ、その閲覧・照会の許否を決定する権限を有する日動火災海上保険株式会社が、民訴法三一二条にいう文書の所持者というべきである。

二 第二に、原告主張の文書のうち、2、3、4、10の事故調査報告書、損害額計算書等(原告主張の文書が存在するか否か調査中のものがある)は、被告日新火災が、保険金支払い目的のため、部外秘として、もつぱら自己使用のために作成された内部的資料である。のみならず、これらの文書は、いずれも、被告日新火災自身が、保険金支払い目的のために作成されたものであつて、挙証者たる被告の利益のために作成されたものでもない。

民訴法三一二条三号後段にいう「挙証者と文書の所持者との間の法律関係に付き作成せられた」の法意について、東京高裁昭和五四年三月一九日決定(判例時報九二七号一九四頁)は、次のとおり判示している。

「弁論主義を基調とするわが民事訴訟法の下において、証拠の提出は当事者の責任に委ねられているのであり、従つて証拠を提出するか否かは原則として当事者の自由であり、当事者は、いわば証拠につき処分の自由を有するものである。してみれば、民訴法三一二条が、一号ないし三号所定の場合に、文書の所持者に対して証拠としての提出義務を課したのは、前記証拠についての処分の自由という原則に対する例外を定めたものといわなければならず、また法がかかる例外規定を設けるとともに、提出義務の範囲を右各号所定の範囲に限定した趣旨は、一面において、証拠の偏在という状況の下で極力証拠面での当事者対等を図り、併せて、およそ争点の解明に役立つ証拠資料は、出来るだけ法廷に提出させ、もつて訴訟上の真実発見の理想を実現しようとする反面、当該文書の所持者に不必要な不利益を及ぼすことを避けようとするにあると解される。従つて、同条三号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書の意義についても、右の法意に即して、実質的に検討することが必要であり、証拠面での当事者対等及び訴訟上の真実発見の観点からして、右文書は、単に挙証者と文書所持者間に成立した法律関係それ自体を記載した文書にとどまらず、なおそのほかに、これに準ずる文書で重要なものを包含すると考えられる反面、所持者の処分の自由の観点からして、所持者がもつぱら自己使用のために作成した内部的文書のごときは、右文書に該当しないといわなければならない。」

三 第三に、損害賠償においては、本来、被害者側において、その損害立証の証拠資料を収集して、その損害額も、被害者側の責任で自ら計算すべき性質のものである。また、原告主張の文書のうち、5、7、8、9の診断書等の文書(原告主張の文書が存在するか否か調査中のものがある)も、原告側において、その労をさえ厭わなければ、原告が診断・診療を受けた病院から何時でも容易に、その診断書等の再交付を受けることができ、それらの証拠資料の収集・再現も可能なものばかりである。

のみならず、民訴法三一二条三号後段の挙証者と文書の所持者との間の法律関係とは、契約的法律関係を指称し、不法行為(損害賠償)の法律関係はこれを含まないものというべきである。これを明言した判例が大阪高裁昭和五四年九月五日決定(判例時報九四九号六六頁)である。右大阪高裁決定は、挙証者と文書所持者との間の不法行為(損害賠償)の関係が、民訴法三一二条三号後段所定の法律関係に包含されない、として次のとおり判示している。

「民訴法三一二条三号後段にいう「法律関係」とは、もともと契約関係を前提として規定されたと解されるから、そこにいう法律関係につき作成された文書というのも、当該法律関係そのものを記載したものに限られないとしても、その成立過程で当事者間に作成された申込書や承諾書等法律関係に相当密接な関係を有する事項を記載したものをいうと解するのが相当である。

現行民訴法上においては、当事者が自己の手元にある証拠を提出するか否かは原則として、当該当事者の自由であり、文書についても、これを法廷に提出して当該文書を相手方ひいては一般公衆の了知するところとさせるか否かの処分権は、一般的には、右文書の所持者に専属するところ、民訴法三一二条は、右原則に対する例外として、挙証者と文書所持者とが、その文書について同条所定の特別な関係を有するときにのみ、挙証者の利益のため、当該文書の所持者の右処分権に制ちゆうを加えようとするものと解すべきである。しかるとき、民訴法三一二条三号後段にいう「法律関係」をもつて、当事者関係のあらゆる法律的関係に関して何等かの意味で関係のあるもの一般を指称するものと解すると、挙証者が、文書の所持者を相手方として訴訟を提起している場合には、当該訴訟で挙証者が文書所持者に対して主張している権利が認められるか否かという法律関係が両者間に必ず存在することになるから、当該文書に挙証者に利害関係のあることが記載されていれば、それだけで、挙証者は常にその提出を求め得ることになり、およそ現行民訴法が予定しているところと異なる結果を生ぜしめることになる。

よつて、民訴法三一二条三号後段所定の文書についても、前叙の如く、これを限定的に解するをもつて相当とする。

なお、抗告人等の本件訴訟は相手方の差別取扱に基づく賃金相当損害金等ならびに慰藉料の請求であるところ、抗告人等と相手方との間のかかる不法行為(損害賠償)法律関係が、民訴法三一二条三号後段所定の法律関係に包含されるものでないことは、前叙説示のとおりである。」

よつて、原告の本件文書提出命令の申立は、いずれも理由がなく却下されるべきである。

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